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ある画家の生活(台南)

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昔々、あるところに画家が暮らしておりました、、といったような下りが相応しいような出で立ちで彼はそのボロボロの平屋からビール瓶を片手に現れた。ここは台南の片田舎、山の中といってもいい。彼(Fang Wei-wen)はここにある祖先の家を譲り受けてそこで絵を描いて暮らしていた。暮らしていたと言っても絵を売って暮らしているわけではない。どのように生計をまかなっているのかはよくわからないが、とにもかくにもこの家で彼は絵を描いて暮らしているようだった。住人は他には犬三匹と鶏たち。その家は清時代の様式の平屋を少し手直ししたようなもので、壁は石、入ると薄暗い土間の奥にまず祖先の写真が祀らてたある。薄ぼんやりとした赤い光のなかに、線香の煙や灰がみえる。
 台南芸術大学はここからしばらくモーターバイクを走らせた湖のほとりにある。卒業すると生徒たちはこの周辺の安い空き家などをリノベーションしてスタジオを構えることが多い。だからこのあたりは畑以外は何も無かったが、ぽつぽつと作家のスタジオが点在していて、何かあればすぐ集まれるような環境であるようだった。台南でアートスペース(絶対空間)を営むイーミンがここに連れてきてくれた。聞けば、ボロボロの家に住んでいる、しかし彼はいいアーティストだ、と。サボテンが無数に溢れる彼の庭、そこにあらわれたタンクトップ一枚の男。吼えたてる犬の声、片隅に積み上げられたビール瓶(でさらに形取られたオブジェ)前世紀の情報化も進んでいなかった時代に画家といえば、こういった感じだったのだろうと、こちらまで一気にタイムトラベルが起こる。彼は英語が話せない。そして、ガタイはよくてもとてもシャイだった。ビール瓶を手に持っていないと間が持たないといった感じだ。かといってアル中というわけでもないらしい。でも、そういう彼がどういう絵を描くのか、正直私ははじめ期待していなかった。画家っぽい風貌をした人間が描く作品がその風貌を越えることがない、ということはよくある。絵が自己陶酔で終わっていて、絵のなかで自己完結してしまっている等。だが、その予想はそうそうに裏切られた。彼がごそごそと戸棚の奥から抜き出して見せてくれたキャンバスに描かれた絵画は紛れもなくホンモノのそれだった。一枚一枚じっくりと壁に飾って見てみたかったが、彼はそれらの絵画を少し抜き出して部分を見せるだけでどんどんしまっていく。まるでそのオンボロの戸棚のなかに宝石が眠っているかのようだった。それでも壁にかけられた幾つかの小品はどれも素晴らしい、というかオリジナルと呼びたいものだった。ここにしかない彼の絵画だと。そのうすぐらく熱で蒸した室内に絵画のアウラが漂うのを感じていた。
 彼はその家の2部屋をスタジオとして使っていた。所狭しと作品や画材、作業台やガラクタのようなものが置かれている。その隙間をぬって我々は移動する。エアコンはない。設置はされてはいるが壊れているのか。奥のスペースは立体制作の為、鉄を溶接したり、木材を加工できるような機材が置かれている。聞くと彼は展示をするとなるといつも立体を持っていくそうで、インスタレーションとして作品を展示することが近年多いそうだ。彼の周囲はそのことをとても残念がっている。なぜ、絵画を出さないのだと。インスタレーションの作品を写真で見せてもらったが、確かに絵画でここまで雄弁に語り切れているものがインスタレーションだと半減してしまっている印象があった。聞くところによれば、絵を売るとか、そういったことに彼はあまり興味を持っていないようだった。実際のところは、ギャラリーも彼の絵を売ろうにも彼の年齢とキャリアから絵の値段は高くなってしまっており、今の台湾のマーケットで売るのはどんどん難しくなっているそう。一度上がった値段を下げることはできない。逆にいうと、もしかしたら一昔前は絵もぽつぽつ売れていたのかもしれない。いずれにせよ、そういったことに彼はあまり頓着せずに、ただ淡々と日々絵を描いているようだった。
 彼のスタジオを去った後でも、この体験は心にずっと残り続けた。彼の絵のことも忘れることがなかった。そして、彼のようなアーティストが今の時代に生きていることはとても希望のように思える、それはかれの仲間たちも思っていることだと思う。21世紀に入ってもなおアーティストは依然無数に増殖していく中で、そのなかでも熾烈な競争原理が芽生え、アーティストも自分自身で自己ブランディングを行い、営業マンよろしく自分を世界に売り込んでいく必要が生じている。そのことは時代の摂理として仕方がない面もあるが、一方で我々はアーティストがアーティストでありえた時代の夢を捨てきれずに持ち続けている。彼の存在とは、そういった時流とは対局のものだ。つまりはその生活にも、制作にも嘘がない、だから作品にも嘘がない。
 しばらく経った頃、その彼がシンガポールのアートアワード(Sinature Art Award 2018) で台湾で唯一ファイナリストとしてノミネートされたと聞いた。同年、日本だと山城知佳子さんなどがノミネートされていた。台湾のキュレーターが彼を推薦したらしい。彼の仲間たちも驚くとともに、とても喜んでいた。彼はとても貧乏だから少しはお金が入るだろうと。シンガポールにも行ったらしい。果たしてどんな格好で行ったのだろうか。それよりも、どんな境遇で作品を作ろうと、それが台湾の山奥であろうとなんだろうと、ホンモノの作品とはきちんと遠くまで届くのだなとあらためて感じた出来事だった。

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